コラム
属人化した案件管理を解く手順と、対策が元に戻る3つの理由
「担当者が休むと、その案件だけ止まる」「あの案件はあの人しか分からない」。中小企業でよく聞く状態です。
対策として最初に挙がるのはマニュアルの作成ですが、着手しても数か月で止まります。マニュアルが必要な状態と、情報が個人の手元にある状態は別の問題だからです。
日常業務で困っているのは、ほぼ後者です。症状の切り分けから始めて、共有する順序と、対策が元に戻る理由を順に整理します。
属人化は能力ではなく、情報の置き場の問題
「あの人しか分からない」には、性質の違う2つが混ざっています。
- 判断の基準がその人の経験の中にある — この取引先はどこまで交渉できるか、この仕様は後で揺れる。移すには年単位の時間がかかる
- 事実がその人の手元にしかない — 今どこまで進んでいるか、前回いくらで出したか。移すのは置き場を変えるだけ
この2つを混ぜたまま「属人化を解消する」と言うと、必要な作業量が実際より大きく見えます。1は人の育成の話です。2は記録の置き場の話で、今週から動かせます。
そして案件が止まる原因は、ほぼ2の側です。「本人の頭の中にある」という言い方も正確ではありません。実際の置き場は本人のPCのフォルダ、本人のメールボックス、本人の手帳です。頭の中ではなく、他の人がアクセスできない場所にある、が正しい表現です。
この切り分けをしないと、対策はマニュアルの作成に寄ります。マニュアルは1の側の道具で、2の側は解決しません。手順を文章にしても、その案件の現在地は書けないからです。
本人に聞かないと分からないものは5種類
「本人に聞かないと分からない」を、聞いている内容で分けます。いずれも判断ではなく事実です。
| 本人に聞いていること | 実際の置き場 | 失われているもの |
|---|---|---|
| 案件の現在地(どこまで進んだか) | 本人の記憶と手帳 | 納期に間に合うかを本人以外が判断できない |
| 見積の根拠と過去の金額 | 本人のPCのファイル | 次の値付けの基準。同じ取引先に根拠の違う金額を出す |
| 取引先とのやり取りの結論 | 本人のメールボックス | 誰と何を約束したか。担当が変わると前提が消える |
| 作業の残り(あと何が必要か) | 本人の記憶 | 応援を入れる判断ができない。遅れが直前まで見えない |
| 請求できる状態かどうか | 本人の記憶 | 検収済みなのに請求が出ない。入金が遅れる |
5つのうち最後の項目は、入金の時期をそのまま動かします。請求できる状態かどうかが本人の記憶にある会社では、担当者の長期不在が売上の計上を後ろへずらします。
2つ目の「見積の根拠と過去の金額」は、ファイルの版管理が崩れる問題と同じ根を持ちます。この観点は見積をExcelで管理する限界と、乗り換えを判断する4つの兆候に整理しています。
全部を一度に共有すると、どれも定着しない
5種類をまとめて共有しようとすると、入力の負荷が一度に増えて全部が止まります。順序を付けます。
| 順序 | 共有するもの | この順序にする理由 |
|---|---|---|
| 1 | 案件の一覧と現在地、担当者 | 止まっているかどうかが分かれば、残りは本人に聞く余裕が生まれる |
| 2 | 案件に紐づく書類(見積・発注・納品・検収・請求) | 金額と約束の事実が残る。作り直しの手間が要らない |
| 3 | 取引先と担当者の情報 | 連絡先が分かれば、不在の間も代理で連絡できる |
| 4 | 作業の予定と実績 | 残りの見通しが立つ。入力の習慣が必要なため時間がかかる |
| 5 | 判断の基準(マニュアル・手順書) | 上の4つが揃ってから書く |
最優先は案件の現在地です。ここだけ共有されていれば、本人が不在でも「止まっているか、止まっていないか」は他の人が判断できます。逆にここが無いと、他をどれだけ共有しても不在の初日に本人へ連絡することになります。
マニュアル化を最後に置くのは、書く順序の問題です。手順書は現在地が見える状態を前提に書かれます。案件の一覧が無い会社で手順書を書くと、「担当者に確認する」という行が並ぶだけになります。
もう1つの理由は更新です。1から4は日々の業務の中で更新されます。手順書は誰かが思い出して直すまで古いままです。先に作るべきなのは、放っておいても更新される側です。
対策が元に戻る3つの理由
一度は整理したのに元に戻る場合、原因はおおむね次の3つです。
1. 置き場が増えて、どちらが正か分からなくなる
共有のために新しい場所を作り、元の場所も残す。これが最も多い失敗です。共有フォルダに案件一覧を作っても、本人の手帳は捨てられません。
二重管理になると、更新されるのは本人が普段使っている側です。共有された側は数週間で古くなり、見た人が間違った現在地で動きます。この時点で、共有されていない状態より悪くなります。
対策は置き場を増やさないことです。1つの情報に置き場は1つと決め、どちらが正かを先に決めます。共有側を正にするなら、本人の手帳から現在地の管理を外します。
2. 本人にしか分からない項目が1つ残る
5種類のうち4つを共有しても、1つ残れば結局その人に聞くことになります。そして聞く用事が残っている限り、他の4つも「ついでに聞く」に戻ります。
これは意識の問題ではありません。聞けば確実に正しい答えが得られるなら、共有された情報を見るより速いからです。共有した情報が使われるのは、聞く用事が無くなったときだけです。
全部を共有できない場合は、残す項目を明示します。「金額の判断だけは本人に確認する、それ以外は一覧で見る」と決まっていれば、聞く範囲が限定されます。
3. 引き継ぎや休暇の直前だけ整える
3つ目は運用の入り方の問題です。引き継ぎが決まってから、あるいは長期休暇の前だけ整理する。この形は、そのイベントが終わると止まります。
止まる理由は単純で、整理する作業が業務の一部になっていないからです。次に引き継ぎが起きたとき、前回の資料は使えない状態になっています。
見分け方は1つです。今週その情報が更新されているかどうか。更新されていないなら、それは平常運用に入っていません。
本人の不在で止まる判断の数は数えられる
進行中の案件が20件、そのうち本人が1人で見ている案件が12件の会社で試算します。
| 項目 | 計算 | 値 |
|---|---|---|
| 本人が1人で見ている案件 | 進行中20件のうち | 12件 |
| 1日に本人へ集まる確認・判断 | 12件 × 0.5件/日 | 6件 |
| 3日間で保留になる件数 | 6件 × 3日 | 18件 |
| 復帰後にまとめて処理する時間 | 18件 × 15分 | 4.5時間 |
| その時間の金額(時間単価4,800円) | 4.5時間 × 4,800円 | 21,600円 |
1案件あたり0.5件は、2営業日に1回は本人への確認が発生するという置き方です。自社の案件数と照らして差し替えてください。
この試算で最も小さい数字は21,600円です。実際の損失は18件が3日間動かなかったことの側にあります。取引先への回答、発注の判断、検収の確認が混ざっていて、そのうち何件かは相手を待たせています。
減らし方は、1人で見ている案件を減らすことです。12件を6件にすれば、止まる件数は18件から9件に下がります。案件の数を減らすのではなく、1案件を見る人を増やします。
休む前提で運用を設計する
引き継ぎのための資料を作る運用は続きません。理由3のとおり、イベントの前だけ動く作業になります。狙いは、平常運用の中で情報が残る形にすることです。
- 1案件に見る人を2人置く — 主担当と、現在地を見る人。作業を分担する必要はない。現在地と期日を2人が見ていれば、片方が不在でも止まらない
- 権限で見える範囲を分ける — 金額を見せたくない相手にも入力を頼む必要がある。単価や粗利を隠したまま、進捗と工数を入れてもらえる形にする
- 期日を人ではなく案件に持たせる — 納品日と請求可能日を案件の属性として記録する。本人の手帳にある期日は、本人が不在の日には存在しないのと同じ
- 取引先の情報は案件の外に置く — 担当者と連絡先を案件のメモに書くと、次の案件で同じ情報を探し直すことになる
2つ目の権限は、共有が進まない会社で効きます。入力してほしい相手に金額が見えると、頼む側が躊躇し、入力する人が減ります。見せる範囲を分けられれば、入力を頼める相手が増えます。
制度の側にも触れておきます。有給が取りにくい状態が続いている限り、情報の置き場は個人に留まります。休めないから属人化するのではなく、属人化しているから休めません。順序は後者です。
引き継ぎのときに実際に必要になるもの
引き継ぎや長期の不在が起きたとき、必要になるものは決まっています。案件ごとに次を確認します。
| 区分 | 確認する項目 | 揃っていない場合に起きること |
|---|---|---|
| 案件の基本 | 案件番号、種別、担当、取引先 | 案件を特定できず、書類も実績も引けない |
| 期日 | 計画と実績の開始終了日、納品日、請求可能日 | 期日が過ぎてから気づく |
| 金額 | 見積金額、予算、時間単価 | 値引きの経緯が分からず、追加の要求に応じてしまう |
| 書類 | 見積書・発注書・納品書・検収書・請求書の発行状況 | 二重に発行する、または請求が漏れる |
| 原価 | 外注費、サーバー費用など発生済みの費用 | 支払いの予定が読めない |
| 工数 | 投下済みの工数と、残りの見込み | 応援の人数と期間を決められない |
| 取引先 | 担当者、連絡先、直近のやり取りの結論 | 前提を知らずに連絡し、決まっていた話を蒸し返す |
| 未決 | 保留中の課題と、判断を待っている相手 | 相手が待っていることに誰も気づかない |
抜けやすいのは最後の2行です。書類と金額は形が決まっているので引き継ぎ資料に載ります。やり取りの結論と保留中の判断は、書き残す欄が決まっていないと残りません。
不在が決まってからこの表を埋める運用にすると、埋める作業だけで数時間かかります。上の6行は日々の記録から埋まる形にできます。手で書くのは最後の2行に絞ります。
属人化が残っていても、今日から始められること
案件管理の形そのものを変えるには時間がかかります。それを待たずに始められるものが2つあります。
- 案件番号を付ける — 見積を出す時点で採番する。番号が無い期間の記録は、後から仕組みを入れても紐づかない
- 書類を案件に紐づけて保管する — 見積・発注・納品・検収・請求を案件番号の下に置く。フォルダとファイル名の規則でも始められる
この2つは道具を変えなくても動かせます。案件番号が無い状態でどの仕組みを入れても、情報は個人の手元に残ったままです。
案件番号に何を集めるかは案件別の粗利を出す手順と、集計が合わなくなる3つの原因に整理しています。番号を付け始めた月から、原価の集計も同時に立ち上がります。
Set Plan は案件番号ごとに見積書・発注書・納品書・検収書・請求書を紐づけて保管し、取引先と担当者を顧客管理に持てます。権限は管理者・PM・一般・事務の4段階で、金額を見せる範囲を分けたまま進捗と工数の入力を頼めます。現在どの情報が個人の手元にあるかをお伝えいただければ、どこから移せるかをご案内します。