コラム

値上げの根拠を原価から作る手順と、価格転嫁が止まる4つの原因

「原価が上がっているので値上げをお願いしたい」と伝えたところ、「では根拠を出してください」と返されて止まる。この段階で進まなくなっている会社が少なくありません。

止まる理由は交渉の巧拙ではありません。自社の原価が案件単位で出ていないため、根拠として出せる数字が社内に無いからです。

原価の内訳が出ていれば、値上げの話は「お願い」ではなく「計算の共有」になります。ここでは、その計算をどう作り、どう資料の形にするかを順に整理します。

通らないのは交渉ではなく、渡している材料

値上げの可否を決めるのは、目の前の担当者ではありません。担当者は内容を社内に持ち帰り、上司や購買部門に説明します。相手が社内でそのまま使える材料になっているかどうかが、通るか通らないかを分けます

通らない伝え方通る伝え方
人件費が上がって厳しい前回見積時の時間単価4,800円が、賃上げ後は5,040円になる
全体的にコストが上昇しているこの案件の原価は380万円から398万円へ、18万円上がった
一律5%お願いしたいこの案件は外注比率が低いため、3.6%で従来の粗利に戻る
他社も値上げしている金額を据え置く場合は、対応範囲をこの範囲に絞る

右の列はいずれも、相手が言い換えずに社内へ回せます。左の列は、持ち帰られた時点で「取引先が厳しいと言っている」に要約されて終わります。

なお、労務費の上昇分の転嫁については、発注側に協議への対応を求める国の指針(労務費の適正な転嫁のための価格交渉に関する指針)が示されています。労務費を理由に協議を申し入れること自体は、以前より通しやすくなっています。ただし指針は協議の入口を作るもので、根拠の代わりにはなりません

価格転嫁が止まる4つの原因

1. 全社の数字で話している

「うちは原価が上がっている」は、相手にとって自社の案件の話ではありません。相手が知りたいのは、自分が発注している案件のコストがいくら上がったかです。全社の平均や決算の数字では、そこに答えられません。

2. 一律○%で持っていく

案件ごとに原価の構成は違います。自社の人員で対応している案件は賃上げの影響を強く受け、外注比率の高い案件は外注単価の影響を受けます。一律の率で出すと、必要な案件では足りず、不要な案件では過大になります。過大な案件が1つ混ざると、他の案件の根拠も同時に疑われます

3. 前回いくらで出したかが分からない

値上げは差分の説明です。前回の見積の内訳が引けなければ、何がいくら上がったかを示せません。金額だけが残っていて内訳が残っていない場合も同じで、差分を作れません。

4. 相手の予算が決まった後に持っていく

相手にも予算編成の時期があります。決まった後に持ち込めば、金額の妥当性とは無関係に「今期は無理」になります。打診の順序は、相手の決算月から逆算して決めます。

このうち1と3は、資料を作る前の段階でつまずいています。交渉の技術より先に、案件別の原価と過去の見積を引ける状態を作るほうが早いです。

根拠になるのは4つのコスト上昇

値上げの根拠として並べられるのは、次の4つです。

上昇要因どこの数字を見るか見落としやすい点
賃上げ・賞与賃金表、昇給の実績賞与も同率で上がると、法定福利費まで連動して増える
法定福利費給与・賞与に対する事業主負担保険料率の改定分が、賃上げとは別に乗る
外注・協力会社の単価発注書、単価表の改定通知単価が据え置きでも、最低発注数量が上がっていることがある
資材・間接費仕入、電気・燃料、システム利用料案件に紐づけていない費用は、上がっても気づかない

このうち法定福利費が最も落としやすい項目です。事業主が負担する社会保険料はおおむね給与・賞与の15%前後(業種や年度で変わります)で、賃上げをすればこの部分も同じ率で増えます。給与の上昇分だけを原価に反映すると、実際に増えた金額の一部が原価に入りません。

時間単価を作り直す

労務費の根拠は時間単価です。ここが実態より安いと、どれだけ丁寧に資料を作っても要求額そのものが小さくなります。

給与を所定労働時間で割ると、単価は半分近く安く出る

よくある作り方は「月給 ÷ 月間の所定労働時間」です。この式は、賞与・法定福利費・非稼働時間のすべてを落とします。

1人あたりで並べると差は次のようになります(月給40万円、年間所定1,920時間の例)。

項目計算
給与40万円 × 12か月480万円
賞与年間80万円
法定福利費(480万円 + 80万円)× 15%84万円
年間人件費の合計480 + 80 + 84644万円
年間の所定労働時間8時間 × 240日1,920時間
案件に紐づく時間(稼働率70%)1,920時間 × 70%1,344時間
時間単価644万円 ÷ 1,344時間約4,800円

同じ人を「給与 ÷ 所定時間」で計算すると 480万円 ÷ 1,920時間 = 2,500円 です。実態の単価との差はおよそ1.9倍あります。この単価で見積を作っていた案件は、粗利が出ているつもりで実際は割れていた可能性があります。

稼働率を入れないと、単価は必ず安く出る

上の表の70%が稼働率です。所定労働時間のうち、案件に紐づけられる時間の割合を指します。

有給休暇、社内会議、研修、見積の作成、移動、採用や請求の事務。これらは働いている時間ですが、特定の案件の原価にはなりません。この時間の分も案件で回収しなければ、会社の資金は減ります

比率は勤務記録から出します。記録が無い場合は、まず70〜80%あたりで置いて始めてかまいません。精度を詰めるより、賞与と法定福利費と非稼働時間が入った単価で回し始めるほうが、金額への影響は大きいです。

管理部門の人件費や家賃、システム利用料まで配賦すれば単価はさらに上がります。ただし配賦の設計は社内の合意に時間がかかります。まず直接人件費ベースの単価を作り、間接費は粗利率の目標側で確保する形から始めるのが現実的です。

一律○%では、足りない案件と過大な案件が同時に出る

原価構成の違う2つの案件を並べます。売上と粗利率は同じで、中身だけが違う例です。

項目案件A(自社作業中心)案件B(外注中心)
売上500万円500万円
労務費(時間単価4,800円)360万円(750時間)48万円(100時間)
外注費0円312万円
直接経費20万円20万円
粗利120万円(24.0%)120万円(24.0%)
賃上げ5%後の労務費378万円50.4万円
外注単価8%上昇後の外注費0円337万円
上昇後の原価398万円407.4万円
粗利を維持する値上げ幅3.6%5.5%

売上も粗利率も同じですが、必要な値上げ幅は1.9ポイント違います。案件Aに5%を要求すれば過大になり、案件Bを3.6%で合意すれば足りません。

値上げの順序は、「上げやすい取引先から」ではなく「原価が上がった案件から」です。前者の順序で進めると、応じてくれた取引先にだけ負担が寄り、断った取引先の案件が原価割れのまま残ります。

交渉の前に揃える3つの資料

1. 前回見積との差分表

案件1件につき1枚です。工数は前回と同じにして、単価の差だけで金額が動いていることを見せます

項目前回見積時現在
時間単価4,800円5,040円+240円(+5.0%)
想定工数750時間750時間変更なし
労務費360万円378万円+18万円
直接経費20万円20万円変更なし
原価合計380万円398万円+18万円
粗利120万円120万円変更なし
ご提示金額500万円518万円+18万円(+3.6%)

工数を同時に増やすと、単価改定の話が見積の作り直しになります。相手は工数の妥当性の検証から始めることになり、決まるまでの時間が延びます。

要点は粗利額を前回と同じ120万円に据えることです。利益を増やす交渉ではなく、上がった原価を移す交渉であることが、表の上で分かります。

2. 上昇の要因と発生時期

差分表の「+240円」が何で構成されているかを添えます。賃上げがいくら、法定福利費の連動がいくら、いつから発生しているか。ここが1行でも埋まらないと、相手の購買部門は全体を保留にします。

3. 据え置いた場合に何が変わるか

金額を動かさない選択肢も併せて示します。対応範囲を狭める、納期を延ばす、緊急対応を別建てにする。取引を止める話ではなく、同じ金額で続けるための条件として出します。

この3枚目が無いと、交渉は値上げを受けるか断るかの二択になります。二択にすると、相手は決裁が要らない「断る」を選びやすくなります。

断られたときに動かせるのは金額以外の条件

金額で折り合わない場合、粗利を守る方法は値上げだけではありません。

動かす条件効果
対応範囲を明確に区切る範囲外の作業が別見積になり、無償の追加対応が減る
支払サイトを短くする資金の回転が上がり、立替の負担が下がる
年間の発注量を約束してもらう稼働の見込みが立ち、非稼働時間が減る
納期を緩める残業と応援要員が減り、実際の原価が下がる
緊急対応を別料金にする突発作業の原価を回収できる
最低受注金額を決める小口案件の事務コスト割れを防ぐ

そして交渉に入る前に、応じてもらえなかった場合の撤退基準を決めておきます。粗利率の下限を数字で決め、下回る案件は更新しない。基準を先に決めていないと、その場の判断で受け続けることになり、原価割れの案件が固定化します。

10月の改定に間に合わせる順序

最低賃金は毎年秋(多くの都道府県で10月)に改定されます。最低賃金の近くで働く人だけの話ではありません。下限が上がれば賃金表全体が押し上げられ、原価の前提が変わります。

7月末の時点なら、次の順序で間に合います。

  1. 直近3〜6か月の案件別原価を締める — 売上・外注費・労務費・直接経費を案件単位で揃える。労務費が入っていない集計では、話が始まりません
  2. 時間単価を賃上げ後の見込みで作り直す — 賞与・法定福利費・稼働率を入れる
  3. 取引先別に影響額を並べる — 率ではなく金額で並べ、大きい順に着手する
  4. 相手の予算サイクルを確認する — 決算月と予算編成の時期を聞き、打診の順序を決める
  5. 9月中に協議を始める — 合意した単価は覚書や注文書に落とし、口頭で終わらせない
  6. 10月以降は新単価で見積を出す — 合意できなかった取引先は、撤退基準に照らして継続を判断する

全社へ一斉に持っていく必要はありません。まず影響額の大きい1社で資料の型を作れば、2社目以降は数字を差し替えるだけになります。

なお、これから出す見積そのものの組み立て方は見積金額の組み立て方と、値付けが赤字になる4つのパターンに整理しています。既存取引の単価改定と、新しい案件の値付けは別の作業です。

原価が出ていないなら、1案件から始める

ここまでの手順はすべて、案件別の原価が出ていることを前提にしています。出ていない場合は、交渉の準備より先にそこを作ります。

必要なのは全案件の遡及集計ではありません。いま進行中で金額の大きい1案件について、売上・外注費・労務費・直接経費を揃えるだけで、時間単価と差分表は作れます。1件で型ができれば、残りは同じ手順の繰り返しです。

集計の作り方は案件別の粗利を出す手順と、集計が合わなくなる3つの原因に、書類が分かれていて数字が集まらない場合の見直し方は見積をExcelで管理する限界と、乗り換えを判断する4つの兆候に整理しています。

Set Plan は案件ごとに時間単価と予算を持ち、日々の予定実績入力から工数・原価・粗利を実績台帳に積み上げます。見積書も案件に紐づいて残るため、前回の内訳を引いて差分表を作れます。現在の記録方法をお伝えいただければ、単価の作り直しにどこから着手できるかをご案内します。

自社の場合はどうなるか、お聞かせください。

Set Plan は見積から請求までを1件の案件でつなぎ、案件別の工数・原価・粗利を一覧できます。 現在の管理方法をお知らせいただければ、移行できる範囲と手順をご案内します。